mixiのお友達からお題をちょうだいしました。
第1弾は
「レストランがこんでいる」は
「混む」か「込む」か?です。
持論ですが、
迷ったり、字面がしっくりこなかったりしたら、
やはり仮名書きに限ります。
じっさい、ひらがなのほうがきれいなときだってあるんです。
しかし「こむ」のように語幹が短い語では、
漢字表記のほうが読みやすい場合があるのも
また事実ですね。
では、それにふさわしい漢字とは。
◆和語「こむ」の原義
この和語のもともとの意味は、
「限られた空間内に多くのものがひしめいていて、
あきスペースが少ない様子」です。
そこから
「いちどに多くの出来事が重なる様子」や
「仕組みが複雑に入り組んでいて精巧な様子」も
意味に含むようになったと思われます。
◆「込」「混」「混雑」の字義
さて、次に漢字辞典をひもといてみます。
「込」という字は日本で作られた国字で、
何かを中に入れる様子、
中に入る様子、
中に詰めこまれている様子などを表します。
一方「混」はというと、
まざること、
入り乱れる様子、
いろいろなものが一つになって
区別がなくなる様子を表わします。
そもそもの意味に
「限られた空間の中に…」という要素は
ないもよう。
(漢字源 JIS第1〜4水準版、2006年)
なるほど、それなら「込」のほうがふさわしいようです。
しかし、ギュウギュウにこみあうことを
「混雑」といいますよね。
国語辞典で「混雑」をひくと……。
1、事柄が雑然といりまじること。いり乱れること。(日本国語大辞典 第2版)
2、多くの人が雑然とまじりって、思うように行動できなくなること。こみあうこと。
そのほかに、もめごとがあってごたごたすること、
いざこざのこと、などと続きます。
いっぽう、漢字辞典で調べてみると、
いろいろなものが入り乱れて、秩序のないさま
……とあり、
これも本来は「こみあう」という意味は
なかったことがわかります。
とはいえ、
狭いところに多くの人がひしめいている様子というのは、
まさに老若男女の別なくぐっちゃぐちゃに人々が入り乱れ、
声や動きが交錯して雑然とした印象になります。
「混雑」という熟語が
「こみあう状態」を表わす役割を担うようになった経緯に、
こうした連想があったのはまず間違いないでしょう。
加えて、これは想像ですが、
「混」が「こむ」という読みを獲得するには、
音読みの「混(コン)」と「込(こむ)」の音が
似かよっていることも、それを後押ししたかもしれません。
というのも、先刻の漢字辞書を見ると、
「混」の字に「こむ」という訓読みはそもそも記載がありません。
「混」を「こむ」と読むのは、
いつごろから使われだしたか定かではありませんが、
実は文部科学省が認めたものではない、
いわば慣用読みだったのです。
ますます「混」の旗色が悪くなってきました。
◆業界での用法の実際
さて、ちょっと視点を変えて、
新聞社や出版社の表記の基準を考えてみましょう。
新聞社などはだいたい、
その会社の表記方針を定めた
「用字用語ガイド」なるものを有しています。
各社のガイドで「込む」「混む」を調べてみると、
朝日などの新聞社や時事通信などの通信社では
明確に「込む」に統一。
一方、私が今いる出版社では
「手の込んだ仕事」「電車が混む」など使い分け。
「表現」が目的の出版系が、
「伝達」を目的とした新聞・通信系に比べて
柔軟なのは当然なようですが、
新聞・通信系は「混む」が
慣用読みなのを理由に避けてきたと思われます。
新聞社などは、義務教育の間に習う漢字と読み、
および特に使用頻度の多い漢字と読みの目安を持っており、
それを軸にして紙面で使用する漢字を決めているからです。
(常用漢字表で定められた漢字と音訓をもとに日本新聞協会が作成した「新聞漢字表」に準じている。)
認められていない悲しみ。やはり、ここでも「混」は人気がありません。
だというのに、
「こむ」を「混む」と書きたい人は後をたちませんね。
作家、ライターから個人のホームページまで、
「混む」派の多いこと多いこと。
そうした実状は国をも動かしました。
2008年ごろから文化審議会あたりで
「そろそろ認めちゃう?」という動きが盛んになり、
昨夏とうとう「混→こむ」の読みは
中学で習うことが決まりました。
「混」が一気に勢力を盛り返しました。
「込」はこれから、
「こみあう」の用法を本格的に
「混」に譲るようになるのかもしれません。
それでも「込」にはまだ、
「手の込んだ細工」
「真心が込もっている」
「負けが込む」
「力を込める」といった用法や、
「毎朝の走り込み」
「折り込み広告」
「不満を溜め込む」などの
補助動詞としての役割があります。
そして、これらの用法の頻度が増していけば、
「込」の文字から「こみあう」という印象を受けにくくなり、
ますます「混」が好まれるようになるかもしれません。
◆いや、まてよ。
ここでハタと思い至りました。
「レストランがこんでいる」という状況を想像してみると、
「人が入り乱れている」わけでも
「雑然としていて思うように身動きがとれない」わけでもありませんよね。
いくら「混む」という用法が公式に認められたからといって、
「混」の字義や「混雑」のもともとの意味を考えると、
ちょっとズレているのではないでしょうか。
だって、
「レストランがこんでいる」とあったら、
ふつうは「満席でもう座れなかった」とか
「順番待ちの列が外にまで! 繁盛しているなあ」といった感じでしょう。
レストランの中に人だかりがあったり、
人ごみがすごかったり、
ましてやお客も店員も渾然一体となった押しくらまんじゅう状態とか、
まあ、まずありえません。
(当局のガサ入れを想像してしまいました。)
そうなると、
「秩序が失われたわけではないけれど、実質的にキャパオーバーである、キャパオーバーに迫っている」
という点を考慮する必要が出てきます。
するとこの場合は、
「限られた空間に何かを詰めこむ」という字義を持つ
「込む」のほうがふさわしいような気がしてきちゃうわけです。
すなわち、
「いつもこんでいるレストラン」
→「込んでいる」
「いつもこんでいる電車/デパ地下」
→「混んでいる」
……こんな使い分けができたら、和語も漢字も大事にしているといえそうです。
結論は一応こんな感じになりましたが、
でも、やっぱり、違和感があるなら仮名書きがいいですよね。
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