2011年4月10日日曜日
点はつくの、つかないの?
「点がつくのかつかないのか、よく分かんないのよ」
最近、漢字検定の問題集に取り組んでいる母が、そうこぼした。
字の右肩に点を書く「博、薄、簿」などと、
点を書かない「専」などとで、
点の要不要の区別がつかないというのだ。
母は中元や歳暮の礼状は必ず手書きではがきを出す人だから、
メールが当たり前になった昨今でも、けっこう字を書いているはず。
不思議に思って「これまではどうしてたの?」とたずねると、
「どれに点がいるのか分からなかったから、ずっと点は書かないできた」。
「いらない字に間違って点がついてると目立つけど、
点がなきゃいけない字に点を書かなくても、なぜか特に目立たないのよね」
……なんちゅう消極的な。
そこで、とりあえず、「 “点をつけま専” って覚えたら?」と提案した。
日常で書く手紙や漢字検定の3級や準2級あたりで出てくるのは
上記に挙げた字くらいだから、まあ、当面は問題ないだろう。
★
この「点がつくのかつかないのか、よく分かんない」という問題、
みなさんも学校に通っていたころに
直面したことがあるのではないだろうか。
私は、ヤングのころにラジオで聞いた
「音読みでハ行なら点がつく」というアンチョコのお陰で、
苦労したことはない。
「ハ行」とは、むろん「バ行」「パ行」も含む。
すなわち「博(ハク)」「薄(ハク)」「簿(ボ)」……などなど。
一方で「専(セン)」は、ハ行とは縁もゆかりもないので、
点はつかないというわけだ。
母に相談されたときも、もちろん最初にこの話をした。
すると、一度はナルホドと納得したものの、
「ハ行だったら、……アレッ、点がつくんだっけ、つかないんだっけ?」
となってしまい、結局「点をつけま専」に落ち着いたのだ。
★
たしかに「博」などと「専」は一部の形状が同一だ。
なぜ点があったりなかったりするのか不思議だった。
そこで、語呂合わせは置いておいて、
字の成り立ちからこの「点の有無」について考えてみた。
(一部、Unicodeでしか表示されない文字を使用しているため、
うまく表示できない場合は図を参照されたし。)
「博」の字の旧字体(下図)をよく見ると、
この字の右側は「尃(ホ・フ)」、
つまり「甫(フ・ホ)」と「寸」からできている。
「薄」「簿」も同様で、
かんむりの下に「溥(ホ・フ)」、
つまり、さんずいと「甫」「寸」から成り立っている。
点の有無については、
これらの字が本来は「甫」と「寸」の組み合わせなのだと思えば、
間違うことは少ないと思う。
「浦(ホ・うら)」も「甫」を擁する字なので、
こうした字と通じると考えれば、点を書くことは迷わずにすむのではないか。
なお、点のつく「尃(ホ・フ)」、
そのもととなる「甫(フ・ホ)」はそもそも、
「ひろい、おおきい」という意味がある。
「尃」になると、「ひらたく並べる、敷く」という意味が派生する。
「博」はひろい様子、あまねくいきわたる様子。
「薄」は草原がひろく、うすくひろがる様子。
「簿」はうすくそいだ竹管をずらっと並べて書類にした様子。
こうなると、筆順についても認識を改めないといけない。
たとえば「博」の字を書くとき、右肩の点を最後に書いている人。
それは、こうして見てくれば分かる通り、間違いということになる。
「甫」の字を書くつもりになって、「寸」を書く前に点を打たなければならない。
(大修館書店の筆順字典で確認済み)
一方の、「専」は、本来は「專」と書いたとのこと。
つまり「叀(セン)」の下に「寸」。
「叀」といえば、「恵(ケイ・エ)」の旧字「惠」などにも見られる形だ。
「專」のもとである「叀(セン)」は、
もともと糸紡ぎの糸巻きの象形文字だ。
その姿から、芯のまわりを常にくるくると回り続ける様子が
連想されたのだろう。
そこから
「ひたすらな様子」や
「周囲をめぐる様子」
「まるい様子」を表わすようになる。
「専」はひたすらな、もっぱらな様子。
「惠」は一途な心をだれかにかたむける様子。
また、よく間違われる字に「傅(フ・たすける)」と
「傳(デン・つたえる。伝の旧字)」がある。
これらは完全に取り違えられていたりするのだが、
これも成り立ちを知っていれば間違うこともなくなる。
「傅(フ・たすける)」は「守り役・つきそい」という意味のほかに、
「かしずく、敷く、並べる」という意味がある。
一方「傳(デン)」は、人の間を言葉がめぐる様子を表現した字だ。
★
えっ?
「穂」は「ほ」と読むから点がいるのかって?
いえいえ、「穂」の旧字は「穗」、
よく見るとのぎへんに「惠」→「叀」+「心」。
穗は糸巻きのような形状だから「叀」、
そして大地からの恵みであることを示す「惠」。
また、「ほ」は訓読み(和語)で、外来読みである音は「スイ」。
つまり、これも点はつかないのだった。
★
《参考》
点がつく「甫」の仲間
匍・哺・舗・圃・圑・捕・敷・脯・膊・浦・溥・蒲・賻・補・輔 など
点がつかない「叀」の仲間
剸・慱・團(団)・摶・塼・轉(転) など
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